一日一笑・年間大笑

社会福祉法人城山会 特別養護老人ホーム城山苑 介護福祉士
鹿児島市行政改革推進委員会委員
廻 健太郎

明治維新を成し遂げた西郷隆盛翁や大久保利通公を輩出した鹿児島県鹿児島市の出身です。介護業界に28年。私のモットーである「一日一笑・年間大笑」の介護施設運営・職員職場環境の改善を目指しています。

信念を曲げずに突き進め。想いは必ず伝わる。伝われば輪が和になり、実り花になる。

己は枯れて種になり、その種を未来に伝える役割となれ。

【在宅支援と看取り支援の現場から】

 はじめまして。鹿児島市の特別養護老人ホームで勤務しております、廻健太郎と申します。介護の現場に携わって28年、現在は職員育成や業務改善、地域連携を中心に取り組んでいます。長い年月の中で、介護という仕事は私にとって「生き方」そのものになりました。

 私が介護の道を志したのは、小学五年生のときです。
 一緒に暮らしていた祖母が脳出血で倒れ、半身不随となり、在宅での介護が必要になりました。まだ子どもだった私は、祖母の着替えを手伝ったり、食事の介助をしたりと、できる範囲で寄り添っていました。介護という言葉も知らない頃から、祖母の存在は私にとって“当たり前の日常”でした。

 高校進学のとき、迷わず福祉系高校を選びました。
 「いつか祖母のように、住み慣れた家で安心して暮らせる環境をつくりたい」――その想いが私の原点です。卒業後は介護施設に就職し、介護福祉士として現場で経験を積みながら、在宅での祖母の介護も続けました。介護職として23年間と、家庭での在宅介護。二つの現場を通して実感したのは、「介護は特別なことではなく、生活の延長線上にある」ということです。

 しかし、現実の壁は高く、理想どおりにはいきませんでした。
 私の理想は「祖母を自宅で看取ること」でした。けれども、実際の看取りは病院で迎えることになりました。ベッドの上で涙を流しながら「家に帰りたい」と言った祖母。その言葉を聞きながら、私は何もできませんでした。介護のプロなのに、介護の専門家なのに。あの瞬間、理想と現実の狭間で、希望さえ叶えられなかった後悔だけが心に残りました。

 あれから年月が経った今も、その後悔は私の原動力になっています。
 だからこそ私は、施設職員として、ご家族に「今できること」「今しかできないこと」を丁寧に提案しています。本人や家族の想いをどうすれば実現できるか。どうすれば“その人らしい看取り”に近づけるか。そこに、介護支援専門員の存在が欠かせないと、現場から日々感じています。

 ケアマネジャーの皆さんが日々行う支援は、まさに「人の最期に寄り添う準備」をともに整えることです。
 それは制度上の調整やサービスの組み合わせだけではなく、「本人の希望をどう実現するか」「家族の後悔をどう減らせるか」という、極めて人間的な営みです。私は祖母の“叶えられなかった想い”を経験したからこそ、今、利用者様やご家族と関わる中で「どうすれば悔いの残らない看取り支援ができるか」を常に自問しています。

 看取り支援において、在宅か施設かという場所の問題ではなく、“その人らしさ”を最期まで支えることが本質ではないでしょうか。
 「家に帰りたい」という言葉の中には、“安心できる空間で、愛する人たちに囲まれていたい”という切実な願いが込められています。
 施設であっても、家族がそばにいて、職員がその想いを共有できれば、そこは“もうひとつの家”になり得る――私はそう信じています。

 そのためには、ケアマネジャーを中心としたチーム連携が不可欠です。
 医療・看護・介護・家族が同じ方向を見て「どう生ききるか」を支える。そのプロセスの中心にいるのがケアマネジャーであり、まさに“看取りの舵取り役”です。私たち施設職員も、ケアマネのアセスメントやケアプランに学びながら、チームの一員として同じ思いで寄り添っています。

 そんな中で私が大切にしている言葉があります。
 それが、「一日一笑で、心の介護を」というモットーです。

 一日に一度でいいから、職員自身が笑える瞬間を持つ。
 それが心の余裕を生み、より良いケアにつながる。そんな思いを込めています。介護は“笑顔を生み出す仕事”ですが、その笑顔を支える私たち自身が笑っていなければ、本当のケアはできません。どんなに忙しい日でも、誰かの笑い声があるだけで現場の空気は変わり、チーム全体が前向きになります。笑いは、現場を動かす力です。

 近年、看取りや在宅支援の在り方は大きく変化しています。
 AIやICTの導入により業務は効率化され、地域包括ケアシステムが整備される中で、私たちの役割も拡張しています。しかし、どんなに技術が進化しても、介護の原点は“人の心”です。効率では測れない「その人の生き方」に寄り添うことこそ、介護職・ケアマネの使命であり誇りだと思います。

 祖母の介護から始まった私の歩みは、今もあの頃の延長線上にあります。
 誰もが「住み慣れた家で、地域で、安心して暮らし続けたい」という想いを叶えられる社会をつくること。それが私の原点であり、これからの目標です。今後は、介護支援専門員としての学びをさらに深めるとともに、将来的には政治の立場からも、介護現場の声を社会に届けられる存在を目指しています。

 介護は、誰かの人生に寄り添う尊い仕事です。
 そしてそれは、笑顔と優しさでつながる“希望の仕事”でもあります。
 私はこれからも、「一日一笑で、心の介護を」という言葉を胸に、現場と地域、そして社会をつなぐ懸け橋になっていきたいと思います。