ケアマネジャーを紡ぐ会 東京支部長
株式会社Cheer Ridge 代表取締役 /産業ケアマネ・主任介護支援専門員・社会福祉士
服部陽子
元不動産営業職、現役ケアマネ。異業種から介護の世界へ。
どんな経験も無駄にはならず、専門性を極める道と異なる経験を掛け合わせる道が噛み合ったとき、支援の幅は広がる
「介護業界出身ですか?」と聞かれて
産業ケアマネとして企業のセミナーや個別相談の場に立つとき、よく聞かれる質問があります。「服部さんは、もともと介護業界の方だったんですか?」。答えは「いいえ」です。私のキャリアは、ゼネコングループ会社での不動産営業職からスタートしました。新築マンションの販売センター立ち上げでは、プロジェクトリーダーとして社内の複数部署との連携、また、デベロッパーや広告代理店といった社外の関係先とも折衝を重ね、物件の強みをどう可視化し伝えるかというブランディングにも携わりました。エンドユーザーへの営業はもちろん、こうした多様なステークホルダーとの関わりそのものが、当時の私にとって大きな学びになっていたと感じています。介護とはまったく縁のない世界で、7年ほどを過ごしていました。
専門性の前で、恥じていた7年間
ライフステージの変化により介護の世界に入って最初に痛感したのは、自分の知識の乏しさでした。同僚たちが当たり前のように使いこなす専門知識と現場対応力を目の当たりにするたびに、介護一筋でキャリアを積んできた方々の積み重ねの重みを思い知らされました。マンションを何棟売ろうと、目の前の利用者やご家族を支える専門性の前では何の役にも立たない。そう思い込み、営業職での7年間をどこかで恥じていた時期さえありました。
けれど実際には、住宅型有料老人ホームの生活相談員として地域に根ざしたブランディングや営業活動を担う中で、入所率6割ほどだった施設を1年ほどで満床にするという結果もついてきました。頭では「畑違い」だと思い込んでいたはずの営業経験が、現場で確かに機能していたのです。
光をあててくれた、ひとりの存在
その数字にすら、自分ではまだ意味を見出せずにいたところ、私の経歴を丸ごと知ったうえで「専門性を極める道と、違う経験を持ち込む道は、対立するものではない」と、その価値に光をあててくれる存在に出会いました。介護の専門性があってこそ現場は成り立っており、それは何年もかけて積み上げられる、代えのきかないものです。そのうえで、異業種で培った伝える力や巻き込む力が掛け合わさったときに、支援できる範囲が少し広がる場面がある。自分では欠点だと思い込んでいたものを、可能性として見出してくれた瞬間、コンプレックスは初めて自分の中で意味を持ち始めたのだと思います。
言葉にできなかったものの正体
営業時代の私自身は、誰かから営業手法を体系立てて教わった記憶がほとんどありません。数字(ノルマ)を常に追いながら、目指す営業の形に近い先輩たちの言葉や立ち振る舞いを見て、自分なりにトライ&エラーを繰り返すことで感覚として掴んでいったことがほとんどでした。マネジメントする立場になったとき、今度はその感覚をメンバーに言語化して伝えることの難しさに何度もぶつかりました。「なぜ売れるのか」をうまく説明できないまま、背中で見せるしかない時期が長く続いたのです。
介護の世界に入ってから、あの頃言葉にできなかったものの正体が、少しずつわかってきました。それは、「どんなに立派な提案でも、それを手にした先の暮らしを相手自身がイメージできなければ、選ばれることも実現することもない」という、シンプルだけれど本質的な原則でした。マンションを売ることも、ケアマネジャーとしての支援業務も、根っこは同じ構造だったのです。だからこそ個別相談では、「明日から具体的に何をするか」を必ず相談者と一緒に考えます。セミナーでも同じで、知識を詰め込むのではなく「聞き手が今日何を持ち帰れば行動できるか」から逆算し、明日から実践できる一つの行動に絞り込んで伝えるようにしています。
企業に向き合うときに大切にしていること
企業の人事担当者や管理職と話すときには、企業側に籍を置いた経験があったからこそ持てた視点も役立っています。同じ「介護離職防止」というテーマでも、離職率という数字で語ってほしい企業、従業員エンゲージメントの文脈で意味づけを求める企業、まずは制度の存在を知ってもらう入口が必要な企業など、求めているものは様々です。だからこそ、事前のヒアリングや会話の端々から、その企業がどの言葉で腑に落ちるのかを見極めることを大切にしています。
そのうえで欠かさないのが、数字だけに終わらせず、現場で出会ってきた当事者の生の声を必ず添えることです。特に意思決定を担う上層部ほど、現場の声は本来届きにくい立場にいます。介護をしながら働き続けることを諦めかけた方の言葉を、そのまま経営層に届ける。それは現場を離れずにいるからこそ持ち帰れる情報であり、数字と生の声を組み合わせる判断こそが、現場の実感と経営の論理のあいだに橋を架ける力になっているのだと感じています。
異業種からの転身は、遠回りではない
介護の専門性を積み重ねてこられた方々には、私には持ち得ない知識と経験があり、それこそが現場を支えている土台だと感じています。そのうえで、異なる経験を歩んできた自分にも、伝え方や巻き込み方という形で力になれる場面があるのではないか。産業ケアマネという活動が広がっていくほど、私たちは今まで以上に多様な業種の方々と関わることになっていくはずです。営業職の7年間も含めた自分のキャリアすべてを、恥じることなく胸を張って歩いていきたい。そして、私と同じように様々なキャリアを経て今この道にいるケアマネジャーの方々と、その歩みを共にできるように。それが、今の私にとって一番の目標です。







